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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)911号 判決

控訴人・附帯被控訴人 千葉県

右代表者千葉県知事 沼田武

右訴訟代理人弁護士 野口敬二郎

同 原島康廣

右指定代理人 酒井敏男

〈ほか二名〉

被控訴人・附帯控訴人 甲野春子

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 中川明

同 清水徹

主文

一  本件附帯控訴に基づいて、原判決を次のように変更する。

(一)  附帯被控訴人は、附帯控訴人甲野春子に対し金五二〇万円及びこれに対する昭和四八年一〇月五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、附帯控訴人甲野花子に対し金四九万八五五六円及びこれに対する右同日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

(二)  附帯控訴人らのその余の請求を棄却する。

二  控訴人の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一審及び第二審を通じて控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

四  この判決の一(一)項は、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の申立

1  控訴人・附帯被控訴人(以下単に控訴人という。)は、控訴の趣旨として、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、附帯控訴に対し控訴棄却の判決を求めた。

2  被控訴人・附帯控訴人(以下単に被控訴人という。)ら訴訟代理人は、控訴に対し控訴棄却の判決を求め、附帯控訴の趣旨として、「原判決中被控訴人ら敗訴の部分を取消す。控訴人は、被控訴人甲野春子に対し金六五八万四四四一円及びこれに対する昭和四八年一〇月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、同甲野花子に対し金二〇二万八三四一円及びこれに対する同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、各支払え。訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決(一部は、当審における請求の拡張)及び仮執行の宣言を求めた。

二  当事者の主張

当事者双方の事実上の主張は、次のように附加、補正するほか、原判決事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二丁裏一一行目の「現に」を「同年一〇月四日当時」と改める。

2  同六丁表一行目及び四、五行目の「金三、〇〇〇、〇〇〇円」を「金三八〇万円」と、同三行目の「とその後今日に至るまで一年有余の通院を」を「、症状が一応固定する五〇年秋ころまでは定期的な通院を、その後も今日に至るまで不定期的な通院を」と、同四行目の「身体的苦痛」を「身体的精神的苦痛」と、それぞれ改める。

3  同六丁表七行目及び一一行目の「金二、五〇〇、〇〇〇円」を「金三五〇万円」と、同一〇行目の「存する、」を「存する。この本件事故による症状は、昭和五〇年秋頃以後は一応固定したものと考えられるが、それは大要「腰痛、両側下肢痛、両側肩部・背部の疼痛、上肢のしびれ感などの症状が不定時にあらわれる」「将来とも回復の可能性はない」というものであり、さらに、これに被控訴人春子の自覚症状(原審において同被控訴人が供述したもの)を併せると、右後遺障害症状は、後遺障害等級でいえば第九、一一、一二級のものが競合して存する場合に当たるから、」とそれぞれ改める。

4  同六丁表末行を「(三) 学校生活、社会生活、家庭生活における各種制約と精神上失ったものとによる慰藉料」と、同裏一行目の「金二、〇〇〇、〇〇〇円」を「金二五〇万円」とそれぞれ改め、同二行目の「春子は」の次に「、高校一年在学中の本件事故により、学校及び教師への信頼と尊敬の念を奪われ、友情の大半を失ったばかりか、」を加え、同五行目の「可能性もない。」から同六行目の「えないため」までを「こともできなくなり、希望する上級学校への進学も不可能となった。のみならず、卒業後ようやくにして得た職場も前述の症状により欠勤がちであり、将来結婚しても人並に育児、家庭生活を維持してゆけるかどうか」と改める。

5  同七丁表四、五行目の「二、〇〇〇、〇〇〇円」を「二五〇万円」と改め、同五行目の次に、行を替えて次のように加える。

「(四) 治療費    金三万七七二一円

被控訴人春子は、その後も清水脳神経外科、温古堂津田治療院及び長生館治療院に通院して治療を続けたが、その治療費として合計金三万七七二一円を支出した。

(五) 通院交通費  金四万六七二〇円

同被控訴人は、右治療のため、交通費として合計金四万六七二〇円を支出した。」

6  同七丁表六行目冒頭の「(四)」を「(六)」と、同行及び一〇行目の「金一、一〇〇、〇〇〇円」を「金一五〇万円」と、同八行目の「本訴」を「本訴(本件附帯控訴を含む。)」と、それぞれ改め、同一一行目の次に、行を替えて次のように加える。

「(七) 以上(一)から(六)までの合計

金一一三八万四四四一円

(被控訴人春子に対する原審判決認容額との差額は、金六五八万四四四一円となる。)」

7  同七丁裏五行目を、次のように改める。

「(一) 休業損害  金一二万四〇一円

(二) 逸失利益 金三二万一四九六円」

8  同一〇行目から同八丁表五行目までを削り、同六行目冒頭の「(四)」を「(三)」と、同七行目の「四九年」を「四八年」と各改め、同一一行目から同裏三行目までを削り、同四行目冒頭の「(六)」を「(四)」と改め、同一〇行目から同九丁表二行目までを削る。

9  同三行目から同裏一行目までを、次のように改める。

「(五) 慰藉料      金一五〇万円

被控訴人花子は、昭和三五年ころから夫太郎と別居しており、爾来女の細腕一本で春子を育ててきた。

本件事故により、春子の入院中は、つききりで看護に努め、退院後も当初は通院に附添うなどしたほか、春子の通学、学習等についても日々細心の注意を払い、春子の傍で春子の前記苦しみを母親として座視できず、共にその重荷を背負ってきた。また、春子の入院中は、同居の祖母の世話ができなかったため親戚に同人の世話を依頼せざるをえなくなったり、農作業ができなくなったため従来自給していた野菜を他から買い入れるなど、生活上も大きな変化を蒙った。

春子の卒業後は、春子の前記症状からその職業の選択と自立への方途に母親として意を尽し、さらに、春子の結婚と結婚後の家庭生活についても、春子がなお腰痛を訴える等々のことからいゝしれぬ不安を抱くなど、春子の将来を思い、今もなお眠れない夜をすごすことがある。

加うるに、被控訴人らは控訴人及び原審相被告らからは陳謝されるどころか、逆に春子の症状につきいわれなき誤解や疑いを投げかけられるなど、母親として稀有の苦しみを経験した。

被控訴人花子の右苦痛を癒すには、金一五〇万円の慰藉料をもってしても十分ではない。」

10  同九丁裏二行目冒頭の「(九)」を「(六)」と、同行の「金五〇〇、〇〇〇円」を「金三〇万円」と、同四行目の「本訴」を「本訴(本件附帯控訴を含む。)」と、同六行目の「金五〇、〇〇〇円」を「金三〇万円」とそれぞれ改め、同行の次に、行を替えて次のように加える。

「(七) 以上(一)から(六)までの合計

金二四二万六八九七円

(被控訴人花子に対する原審判決認容額との差額は、金二〇二万八三四一円となる。)」

11  原判決一八丁表二行目の「抗弁」を「の金員支払の事情」と、同五行目の「費用以上の」を「費用の額をこえてさらに」と、同一九丁表四行目の「抗弁」を「右事情陳述」と、それぞれ改める。

三  証拠関係は、原判決事実欄第三並びに当審記録中書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。

理由

一  当裁判所もまた、控訴人は被控訴人らに対し本件事故に基づき損害賠償金を支払う義務があると判断するものであって、その理由及び賠償金の額については、次のように附加、補正するほか原判決理由記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二一丁表二、三行目の「同第一七号証」の次に「並びに成立に争いのない甲第一八号証から第二二号証まで及び乙第三号証の一から一一まで」をそれぞれ加え、同裏一行目の「コンクリート縁」の次に「(厚さ約一六センチメートル)」を、同五、六行目の「懸垂したが」を「両手の拇指以外の四指の第二関節をほぼ九〇度に折りまげてこれにひっかける姿勢でぶらさがったが(以下、これを「本件懸垂」という。)」と改め、同末行の「九号証」の次に「、同第二四号証」を加える。

2  同二二丁裏五行目の「症状が固定したこと」を、「症状が固定していること及び昭和五七年四月一日付で『陳旧性頸椎捻挫による脊髄症』なる旨の診断書を得ていること」と改める。

3  同二三丁表四行目の「照会回答書)、」の次に「当審証人井上敬の供述」を加え、同末行の「何らの障害も残していない」を「何ら器質的障害を残してはいない(したがって、その障害等級は第九、第一一に当たるものではない。)」と改める。

4  原判決二五丁表二行目の「認められること」の次に「、本件懸垂はバスケットボールのパスをミスした生徒だけに命じたのではなく、前記のように数人の女生徒のチームが男子チームにボールをとられたことを理由にその女生徒チームの全員に対して命じたものであること」を、同四行目の「本件懸垂を命じた行為は」の次に「同人の意図はともかくとして、筋力の養成のためとか」をそれぞれ加え、同五行目の「懲戒行為」を「懲戒行為の外形態様をなすもの」と、同裏二行目の「懲戒行為」を「右の懲戒に類する行為」とそれぞれ改める。

5  同二六丁表二行目の「である。」の次に、続けて「また、懲戒行為をするについては、教師の正当な指導行為に対して故なく従わないなど生徒の側に懲戒に値する行為があったことをも要するものと解すべきである。」を加え、同三行目の「本件懸垂の」から四行目の「いい得るところ」までを「懲戒行為であると体育のための指導、訓練であるとを問わず、学校ないし教師が生徒に一定の行為を命ずるに当たっては生徒の安全に十分配慮すべき義務があるところ」と、同七行目の「懸垂させるという」を「前述のように両手の四指の第二関節を曲げて身体をぶら下げるというもので、自己の跳躍等により容易に届くことのできる高さの鉄棒により、拇指を他の四指の反対側から廻してこれを把握して体重を支える通常の懸垂の場合と異なり、かなりの高所において体重が挙げてこれら四指にかかるのみで、腕、肩の筋肉の屈伸運動は容易にできない性質のものであるから」と、同九行目の「高度に対する距離の感覚」を「高所から低所を見下ろしたときの距離感や恐怖感」と、同一〇行目の「距離感」を「恐怖感」と、それぞれ改める。

6  同二六丁裏二行目の「本件懸垂に際し」を「本件懸垂をすると、自から降下するための呼吸を整えることができないうちに、両手四指が体重に耐えきれずに落ちてしまうこともありうるのに、」と、同三行目の「が認められることなど」を「、本件懸垂をさせたことにより負傷はなかったものの被控訴人春子以外にも不自然な姿勢で落ちた女生徒が二、三いたことが認められ、さらに本件懸垂の如きものを他の高校で生徒に行わせている事跡があるとは認められないことなど」と、同五行目の「原告春子らが」を「女生徒の中の誰かが」とそれぞれ改める。

7  同二七丁表一行目の「ない。」の次に「また、前述した本件事故発生の経緯によると、被控訴人春子の側において、控訴人の責任を考えるに当たって考慮しなければならないような非違ないし過失があったとは、認められない。」を加え、同二行目の「本件懸垂の安全性を主張し」を「本件懸垂の安全性や本件懸垂ないし懸垂一般が筋肉及びバスケットボールのチームブレーの訓練として有効である旨をるる主張するが、一般の懸垂にその主張のような効能のあることは認められるが、本件懸垂が前述のようなものである以上、一般の懸垂と同列に論ずることは到底できず、右主張はにわかに採用し難い。また」とそれぞれ改め、同末行の「いえない。」の次に、続けて「また、仮に女生徒の腕立て伏せの姿を嘲笑しようとする男子生徒がいるとしても、何故その嘲笑を防ぐことができないのか、そのような男子生徒が本件懸垂ならばこれをしている女生徒を嘲笑するおそれがないといえるのかについても、納得し得る理由はない。」を加える。

8  原判決二七丁裏八行目の「後遺症慰藉料について」を「後遺症慰藉料(請求原因4(二))、学校生活、社会生活、家庭生活における各種制約等の慰藉料(同(三))、治療費(同(四))及び通院交通費(同(五))について」と改め、同一〇行目の「慰藉料」の次に「、さらには症状固定後の治療費等」を加え、同末行の「両者は」を「これらは」と改める。

9  同三一丁裏末行の次に、行を替えて、次のように加える。

「また、《証拠省略》によると、同被控訴人は昭和五四年以降も前認定の後遺障害につき医師の診断を求めたり、検査を受けたり、腰の牽引、指圧、整体等の治療を受け、治療費及び交通費を支出したこと(計金八万四四四一円)、及び安房農高卒業後の職業への定着に若干の困難を来したことが認められるが、後者の点はそのすべてを本件事故に起因するものと認めるには足りないというべきであるほか、前記のように同被控訴人につきなお若干の症状を伴う後遺障害が残存するものと認めて、これに対する慰藉料を一括支払うこととする以上、これら症状固定後の後遺障害に係る支出金や生活上の不利に対する補償も包摂されており、別途控訴人に対して請求することはできないと解すべきである。」

10  同三二丁表一行目の「右の点」を「以上の点」と、四行目の「後遺症」を「前記のようになお若干の神経症状を伴う後遺症(前記のように、時に、受診及び指圧等の治療を要する。)」と、同七、八行目の「等を考慮すると」を「、前記の職業定着についての若干の困難等を総合考察すると」と、同一一行目の「金二、〇〇〇、〇〇〇円」を「金二三〇万円」とそれぞれ改める。

11  同三二丁表末行の「休業損害について」を「休業損害(請求原因5(一))及び過失利益(同(二))について」と、同裏一行目の「原告花子本人の供述」を「右は併せて休業による逸失利益を損害として賠償請求するもの(当審における訂正前の請求原因5(一)休業損害に相当)と認められるところ、原審における被控訴人花子本人の供述」と、同三行目の「原告花子は」を「被控訴人花子は長らく夫(同春子の父)と別居し、当時同春子の養育は同花子の肩にかかっていたものであるところ、」と、同八行目の「四四、二八八円」を「四万四二八四円」とそれぞれ改め、同三三丁表二行目の「になる。」の次に、続けて「同被控訴人の場合、全産業女子労働者の平均賃金により休業損害を算出するのは相当でない。」を加える。

12  同三三丁表三行目の「看護附添費用」から五行目までを「農作業人夫代及び農器具買替費用について」と改め、同裏二行目の「農作業が出来ないため」を削除し、同四行目の「原告花子」から同六行目までを「、その主張のようなのべ三〇人に計一二万円の日当を支払ったことまでを認めるに足りる証拠はないばかりか、被控訴人春子の本件事故による受傷の状況程度、同花子が他にも職をもっていたこと等に照らすと、右費用が支出されたとしても、直にこれを本件事故による損害とは認め難い。」と改め、同七行目の「右原告花子の供述」から同九行目の「得なかったこと」までを「原審及び当審における被控訴人花子の供述及びこれにより成立の認められる甲第三八号証、第三九号証」と、同一一行目の「使用できなくなったこと」を「使用できなくなり、エンジンを取付けて使用する型式の新な脱穀機に買替えたこと」と、同一一行目の「原告」から同三四丁表二行目の「足りる」までを「、右買替費用を本件事故による損害と認めるに足りる」と、それぞれ改める。

13  同三四丁表一一行目の「弁護士費用について」を「被控訴人両名の弁護士費用について」と改め、同末行の「諸般の事情」の次に「及び控訴人の控訴に対する対応の点」を加え、同裏一行目の「金五〇〇、〇〇〇円」を「計金七〇万円」と改め、同行の次に、行を替えて次のように加える。

「そこで、右の弁護士費用を被控訴人両名に対しおおむね以上の各請求認容額に照らし、被控訴人春子分を金六〇万円、同花子分を金一〇万円と認めるのを相当とする。」

14  同三五丁裏三行目の「他の課目と異り」から同七行目の「いうべく」までを「公立学校における教師の授業活動は国賠法一条の公共団体の公権力の行使に当たるというべく、」と改め、同一一行目の「相当とする。」の次に、続けて「よって、被控訴人は、前認定の新村の行為に起因する本件事故に基づく被控訴人らの損害につき、被控訴人らに賠償する義務を負うことになる。」を加える。

二  以上の次第であるから、被控訴人春子の請求は本件事故による損害賠償計金五二〇万円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和四八年四月五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、同花子の請求は損害賠償金四九万八五五六円及びこれに対する右同日から支払ずみまで同じ割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ認容すべきであるが、被控訴人らのその余の請求は失当として棄却すべきである。

三  そうすると、控訴人の控訴は理由がないからこれを棄却することとし、被控訴人らの附帯控訴に基づき原判決を右二の趣旨に従って変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官 内田恒久 裁判官藤浦照生は、差支えにつき署名押印することができない。裁判長裁判官 田尾桃二)

〈以下省略〉

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